良照と里鈴書き直し SURVIVOR 魂の殺害 第四話 日記

買い物を終え、ワカバストアのビニール袋を片手に持った良照が帰宅した。
何度も何度も瞼が垂れ下がってきて良照を夢心地へ誘おうとするが、いつ壊れてもおかしくない赤錆色の手摺りに掴まりながら、ふらふらした足取りで薄汚れたコンクリートの階段を踏みつけて階段を登っていく。
「ハァ、ハァ」
登りきると気分が優れない良照は、疲れからか肩で息をしていた。
往復300㎜程歩いただけでそれほど運動などしていないにも関わらず、身体は熱を帯びている。
脚を触ると、ふくらはぎは棒のようにこわばっていた。
あくびをする猫みたいに口を開け、意識的に大きく呼吸するように心掛けると、段々と呼吸は整ってきて、何とか鼻で息をできるようになってきた。
今は気怠さ、疲れやすさと慢性的な睡眠不足で眠気がする程度だが、酷いときにはその症状に加え、頭の中が掻きまわされる感覚がして思考がぐちゃぐちゃになり、酸っぱい液体が逆流し喉元まで込み上げてくる嘔吐感のおまけ付きだ。
そういうとき仕事は全く手に付かない。
そのことを体調が芳しくなさそうな鈴音に相談しても、きっと彼女は自分を捨て置き、傾聴してくれるだろう。
無言でも言いっ放しでも居心地の良い気楽な関係は特別だったからこそ、この仲は壊したくない。
背筋を立たせて、すっかり黒ずんでしまっている白の鉄扉を開けるとギィィ……と耳障りな金属音が耳をつんざく。
すると、呼応するように隣の扉が開いた。
出てきたのはもじゃもじゃした白髪でつぶらな瞳で、桃みたいな色の頬っぺたが風船みたいに膨らんでいる温和そうなおじいちゃんだった。
腕まくりした白シャツに黒のベストを重ね着しており、脚をスラッと見せる為か黄土色のパンツズボンを履いて、年相応の無理のないお洒落をしていた。
そのおじいちゃんは、良照を見るや否や言った。
「おたく、誰だい?鈴音ちゃんのツレかい?」
「鈴音さんの家に泊まらせてもらっている今泉です。しばらくお世話になります」
「管理人の石垣です。よろしくねぇ」
石垣がにんまりと微笑むと、真っ白の太い歯と金色の差し歯がキラリと光る。
一礼すると良照はさっさと家に入った。
「ただいま」
努めて明るい声を張り上げた。
返事はない。
革靴を脱いで布団まで近寄ると、眉間にシワを寄せ、鼻息を荒くしていて寝苦しそうに眠っていた。
ガラス戸の反対側の部屋の隅に壁付けされた、たくさんのぬいぐるみの置かれたテーブルに手荷物を載せる。
ビニール袋の中身は消化のいいうどんに栄養を付ける為の卵1パック、しっかり噛む必要のないバナナで、全部ペロリと平らげてくれればそれが一番だが、どれか一つでも口にしてくれれば御の字だ。
この中で腐りやすいものは卵くらいか。
良照は卵を取り出すと、ガラス戸の近くにぴったりくっついたタンスの手前に置かれているクーラーボックスに入れた。
鈴音が食事を摂っていないが一段落はついた。
今日起こった事柄を日記に書き留めることにした良照は、押し入れの襖にある紺のビジネスバッグから、B4サイズの罫線(けいせん)ノートを取り出した。
ノートは折り曲げたりしたせいか、すっかりくたびれている。
親友である上円井との文通のネタの為にこまめにメモを取るようにしていたのが、今ではすっかり習慣になっていた。
日記を書くのは苦にならならなかった。
自分の丸っこい筆跡を眺めていると、自分が自分であることを実感できたからだった。
うつらうつらとしながらも書き終えると、良照は頭から後ろに倒れた。
外は暑くもないのに雨後ガラスに雫が付くように全身汗だらけで、シャワーを浴びようかとも考えたが睡眠欲求が勝り、良照は死んだように畳に横たわった。
掃除していないせいか、ホコリや毛髪がそこらじゅうに落ちていて、所々引きずり傷が付き、ざらざらとした感触がした。