恋愛・青春小説 「PIKE START」 その1

肌を刺すように容赦なく照りつける7月の太陽を薄目を開けて見上げ、あまりの眩しさに思わず日差しを手で遮る。
が、その強烈な陽光は、瞼越しにもはっきりと伝わってきた。
目の前の風景は、陽炎のようにぼんやりゆらゆらとしていて、今見えている光景は現実ではないのではという錯覚すら覚える。
まるでサウナみたいな蒸し暑さだ。
どうにかならないのか。
白だった筈のタンクトップも汗が染み込みびしょびしょに塗れ、首元から胸の辺りにかけて黒くなっている。
服が肌に密着する感触は気持ち悪くてしょうがない。
ああ、そうだ。
水分摂らないと。
暑さでろくに頭が回らなかったが、コーチから再三指示されたことはしっかりと体が覚えていて、それだけが俺を突き動かした。
筒型のプールバックから生温い特製のスポーツドリンクを取り出すと、ラッパ飲みで中身を飲み干していく。
一気に多量の水を飲んだせいか、腸がびくびくとうねっている。
特製と銘打っているが、少量の塩と砂糖に水を注いで混ぜただけのなんの変哲もない液体だ。
癖や雑味がないから一年中飽きずに飲んでいるが、人肌の温度になっているからか、普段より体に深く浸透していく気がした。
いつも飲み終わった1リットルサイズのペットボトルの容器に入れて持ち歩いているが、ペットボトルはへこんでしまい、もう使い物になりそうにない。
ゴミ箱に向かおうと立ち上がると、タバコの吸殻が目に入った。
「はぁ、マナーの悪いやつもいたもんだ」
ガードレールに掛けられた「タバコ ポイ捨て禁止」の横断幕に目を遣り、俺は独り言を言った。
吸殻ごとペットボトルを捨てると元いた駅前花壇の近くに設置されたベンチに座る。
早くしろ、早くしろ……。
心の中で呟きながらサンダルのゴム底で、白黒の市松模様の歩道を繰返し踏みつけ、苛立ちをぶつけた。
手首の腕時計を見ると時針は8を、分針は11と12の間を指している。
約束の時間は9時だから、もう少ししたら来るだろう。
その時だった。
「せんぱ〜い、三好せんぱ〜い、待たせちゃいましたかぁ」
麦わら帽子に白のワンピースを身に纏った少女が、気の抜けた声で言った。
黒目がちな瞳に耳を隠したショートヘア、小麦色に焼けた小柄な体の、見るからに快活そうな元気娘は原田夕花(はらだ・ゆうか)といい、6月頃に入部した水泳部の後輩だ。
慣れないヒールを履いているせいかおぼつかない足取りで、此方に向かってくるまでに何度も前のめりになり、その度に苦々しい笑顔を浮かべていた。
「ちゃんと普段から履き慣れた靴をだな……」
俺が注意すると、原田は不満気に口を尖らせ
「デートだから、おめかししたんです! 先輩には女心が分からないんですか!」
と、ハリセンボンみたいに頬っぺたを膨らませ、怒りを露にする。
って、デート?!
原田は俺とコーチの会話をよく聞いてなかったのか。
「勘違いしてるみたいだけど、これから『特訓』に行くんだぞ?」
俺が言い終えると原田は押し黙り、プツリと会話が途切れた。
都合が悪いとだんまりを決め込むのは、こいつのよくない癖だ。
「ずっとそうしてるつもりか」
文句を言いながらも、次の言葉を待った。
もしかしたら『特訓』が何を指しているのかを、原田は察しているのかもしれない。
なら、無理強いしてはいけないだろう。
それがせめてもの気遣いだ。
「どんな特訓するんですか……」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、俺の耳元に届く。
帽子を目深に被っており、表情は見えなかったが、返答次第では泣き出してしまいそうな弱々しさを声から感じた。
「原田のカナズチを治したいと思って、俺からコーチに進言したんだ」
なるべく言葉を選んで、本心を伝えた。
少しは俺の気持ちを分かってくれたのか、うんうんと相槌を打って傾聴している。
「お前は練習熱心で素直だからカナズチさえ克服できれば、すぐにめきめき上達するよ。終わったら近場で気晴らしに遊……。いや、デートしようか」
「……わかりました。期待に恥じないように頑張ります。あっ、あそこのフィフティワン、五段重ねのアイスクリームで有名ですよね〜」
俺とアイス屋を交互に見ながら、嫌らしい目つきでアイス屋を指差している。
口には出さなかったが、言外に奢ってほしいという心情を匂わせていた。
「ったく、現金なやつだなぁ」
少しは元気になってくれたか。
普段明るいやつが落ち込んでいると、自分までつられて暗くなってしまう気がして、俺はいつも以上に原田を励ました。