学校の怪談  一人目 語り部(木下栄作) 

A.木下先輩より分岐

まだ六月だというのに気温は三十度を超えており、学校指定の白のTシャツが肌にぴったりと張り付いて気持ち悪く、廊下で談笑している先輩方の首の周りにも玉のような汗が噴き出ています。
2―A、2―A……、声には出さず舌と口元だけを動かして、廊下を進んでいきました。
2―Aと書かれた教室札を見つけると扉を開け一歩踏み出して、出入り口の近くにいた男子生徒に
「すいません。僕は一年生の野村です。木下先輩はいますか」
と話し掛けました。
言うが早いか
「木下ァ、なんか一年生の子が来てるけどぉ?」
ざわついた教室中に響く大声でその男子生徒が木下先輩を呼ぶと、先ほどまで騒がしかった教室が水を打ったようにしんと静まり返って視線は一斉に僕の方に集まりました。
その静かになった教室に
「今、そっち行くから」
聞き取りやすい張りのある声で返事が返ってきました。
声のした窓際を見遣ると、ツンツンと逆立った髪型の坊主頭で切れ長の瞳の先輩が、獲物を眼前に捉えた猛禽類のような目つきで、窓枠に寄りかかりながら僕を見据えていました。
「あの、木下先輩ですか」
勇気を振り絞って聞くと、先輩はゆっくりと頷いて
「ああ、俺が木下だ」
小さく返事が返ってきます。
と、僕が用件を伝える前に
「一年の野村だろ?付いて来いよ」
木下先輩がまくしたて、手首を掴まれて無理矢理廊下へと連れ出されたのです。
「ここなら話も聞かれねぇだろ」
先輩に連れられてやってきたのは、男子トイレの前でした。
小便の臭いと洗剤の甘ったるい匂いが混じって、何とも言えない不快な悪臭が鼻腔に広がりました。
太陽の光が燦燦と降り注ぐ外の明るさとは対照的に、まだ昼間で灯りがついていないせいか薄暗く、これから怖い話をするにはうってつけの場所に思えました。
「先輩!あの……」
僕が先輩を尋ねた理由を話そうとすると、先輩は僕の口の前に手を突き出し、僕の言葉を遮ります。
「わざわざ二年の教室まで俺を探しに来た理由は、言わなくても分かってるよ。そこまで察しは悪くないぜ。……怖い話を聞きに来たんだろ?」
「宮崎の奴から聞いてるぜ。なんでも七月の校内新聞は学校の怪談をネタに特集を組むらしいじゃないか。夏は怖い話を聞きながら涼むのが乙な過ごし方だし、今からお前らの記事を楽しみにしてるからな」
締まりなく笑いながら、人を食った態度で先輩が喋りました。
「改めて自己紹介させてもらうよ。俺は木下栄作(きのした・えいさく)だ、ヨロシクな」
「僕は野村圭介です。今日は僕のために休み時間を使わせてしまって、ホントにすいません」
一礼し、先輩に感謝の意を告げると
「木下先輩でも、栄作先輩でも、栄ちゃん先輩でも、お前の好きに呼んでくれ。そんなに畏まられても、話しづらいしな」
先輩の好意に少しづつ緊張がほぐれていくのを感じました。
「よし、じゃあいっちょ話してやるか。俺はスポーツ部所属だからスポーツに関連する怪談をよく耳にするんだ。文化部のお前でも授業や趣味でたまに身体を動かすことはあるだろうが、お前はスポーツをしている時ややり終えた時、何に一番喜びを感じる?」

A.道具をキレイにしている時
B.目標を達成した時の充実感!
C.運動後の一杯