怪奇小噺 霊能テスト 第五話

僕が手を離すと、貴也はまた腕をだらんと垂らす。
と同時にうなだれ、まるで生気がなくなってしまったように全身を脱力していた。
呼吸を止めたまま、まばたき一つせず、ただただ一点を凝視している。
その様子から、人間味らしいものは一切感じられなかった。
これは演技ではない、そう痛感した。
「貴也、立てるか?」
腰をかがめ、目線を合わせて諭すように聞く。
「なんでだよ、動かねぇよぉ……」
「動けないなら、僕が貴也を運ぶよ」
「うぅ……、ありがとう」
だらしなくぽかんと開いた口から、貴也はいう。
感情が欠落したような表情のない澄ました顔だったが、震えて、今にも泣き出してしまいそうな声から、僕は貴也の今できる精一杯の感謝の気持ちを受け取っていた。
「どこいく?」
「昨日寝れなくて…… 布団までいいか」
「心細いだろう 一緒に寝よう」
「寝室は……」
「そっちだ」
動くのが億劫なのか、顎で教科書やノートの散乱した机のある、ぺっちゃんこの布団が一枚敷かれた畳の和室を示した。
「よし、じゃあ運ぶからな」
貴也の両脇に腕を通し、ダンベルでも上げるように、彼の身体を持ち上げる。
彼は部活には入っておらず、瘦せ型の細身の身体であるが、それは僕も一緒だ。
腕の関節に、しっかりと重みを感じる。
前のめりになって曲がった腰に、力任せに運ぼうとする度に、ずしっと彼の重さが響く。
貴也が歩けないせいか、彼の脚は引きずられてしまうが、背に腹は代えられない。
布団まで運ぶと、彼を座らせてから、仰向けに寝かせた。
布団の横のリモコンを手に取ると、僕はすぐさまクーラーを点けた。
「ハァ、っついなぁ……」
今の今まで、彼のことに集中していたせいか、僕は暑さを忘れていたようだ。
いつの間にか、制服から着替えた清涼感のある水色のシャツもびしょびしょに濡れていた。
ポケットに突っ込んだハンカチで肌にじとじとまとわりつく汗を拭うが、汗を吸った服は肌にべたべたとくっついて、気持ちが悪い。
貴也に目を遣ると、スースーと寝息のような鼻呼吸の音が聞こえる。
眉間にしわを寄せており、気分は悪そうだが、少しは落ち着いたのだろうか。
明かりを消そうと立ち上がって、電灯のヒモを引っ張ろうとする。

「電気は、消さないでくれ」
声がした。
「わかった、寝間着に着替えるか?」
貴也は制服のままだった。
ブレザーは脱いでいたが汗が染みこんだ白シャツに、ベルトをきつく締めた黒ズボンという折り目正しい格好は、見ていて気持ちの良い格好ではない。
「ほんとにいいのか、寝苦しいんじゃないか」
着替えるよう促した。

「このままでいい」
目をぱっちりと開いて、彼はいった。
虚ろな瞳は天井へ向けられている。
「ほんとに大丈夫か」
「大丈夫、大丈夫」
どこが大丈夫なんだ、心中で毒づいた。
「じゃ、お休み」
僕は貴也の使っていない掛け布団をひったくって被ると、横向きになって背を見せながら、眼を閉じた。
彼は僕を頼っている。
が、それは表面的なものなのだろうか。
彼が本当に困っている時は、僕に手を差し伸べないのだろうか。
必要としてくれた時、心にむずかゆい嬉しさを覚えていた。
けれど肝心のことは、何も話してはくれないらしい。
自分が否定されたようで一抹の寂しさを感じる。
が、しかしその寂しさなど飲み込まんばかりに―――彼への言葉にならない憤りが心の中でたぎり、激しく渦を巻いていた。